古墳と海

四月中旬。青葉庵から歩く道――古縁光(こえんこう)「古のつながり、光に抱かれて」

最近、なぜか山の方へ足が向く。

高浜の人々はたいてい海へ向かう――恵比須の青い鏡のような水面と、湾から吹く朝の潮風に誘われて。 けれど、この春はなぜか、潮と砂から遠ざかり、茶畑を曲がり、時の記憶が残る山のふもとへと呼ばれた。

朝の光がまだ浅いころ、私は青葉庵を出発する。
四月半ばのひんやりと静かな朝、眠っている家を背後に外へと踏み出す。梅の花はほとんど散ってしまったが、桜の木々は今まさにその身を伸ばし始めている。

庭の塀の向こうに隠れる家々や小さな社を通り過ぎ、杜仲茶の畑へと伸びる坂道を歩く。葉と土の香りがあたりに漂っている。微かに唸る加工工場は、まるで静かな田園に響く機械の吐息のようだ。

少し想像が過ぎたかもしれない――今朝、口にした熱い杜仲茶の余韻が、まだ唇に残っている。

そのとき、私はそれを見た――山のふもとのすぐ近くに。
大地が盛り上がっていた。
控えめで。草木に覆われながらも。それとわかる形。

古墳。

今まで何度も通り過ぎていたけれど、こうして立ち止まるのは初めてだった。 その姿は穏やかで、竹に覆われている。幾世紀もの時を経て、丸みを帯びた、眠っている誰かの背中のようである。
それは周囲の目を気にしていなかった。ただ覚えている。それで十分なのだ。

その時、大山 (ダイサン) の声がした。
「海が運んだものを、大地は決して忘れない。」
たしかに、その通りだ。彼は正しい。

この古墳には古墳時代、おそらく1500年前のもの。古代、若狭で塩を治めていた地元の首長が眠っている。

近くの古墳から出土した副葬品――銅鏡、朝鮮風の耳飾り、舶来の金属器はこの静かな谷から広がる世界が、いかに豊かで、外へ開かれていたかを物語っていた。

彼は半島から来たのかもしれない。
あるいは、朝鮮の血を引く女性と結ばれたのかもしれない。
もしかすると、この地の血脈はいまもなお、その塩――その物語を受け継いでいるのかもしれない。

いまもここには、韓国の人々が暮らしている。
私は彼らのことをよく思い出す。

たとえば、あの夜。まだ1月の半ば、青葉庵で過ごした最初の月のことだった。寒い夜に、私は焼肉佳伸 (かしん) へとふらりと足を運んだのだった。

京都の宿屋を営むトモコが、手伝いに来てくれた。
看護師であり、登山家であり、そして友人。
彼女の手は家を直す力を持ち、その笑い声は人の心の傷も壁も軽やかに癒してしまう。

私たちは表の部屋を漆喰とセーターで補修した――それは、少し前に一緒に京都を訪れた際に学んだ技であり、いま青葉庵で試したくて仕方がなかったものだ。
炎のあかりと信頼に包まれた暖かな、修復の時間。

昔ながらの石灰の漆喰と向き合う作業は、まるで踊りのようだった――もし結婚前に相性を測る方法があるとすれば、漆喰を一緒に塗るのが一番だと思う。

その夜、私たちはお腹を空かせていた。闇が村をすっかり包み込み、どこももう開いていないに違いないと確信していた。

でもそのとき——炭火の匂いが漂ってきた。

佳伸 、かしん。

戸を開けると、そこには温もりと、肉と、記憶があった。 キムチ、名前も知らない部位の肉、ビール。
私たちは時間の感覚がわからなくなるほど夢中で食べ続けた。

カナダから来た私の兄弟、リアムも一緒だった。

肉と味噌に満たされた高揚感に突き動かされ、二人は夜明けに青葉山へ登ろうと決めた。
私は断った。
尾根には雪が積もり、場所によっては腰まで埋まるほどだったからだ。

しかし彼らは道を見つけた――小さな獣の足跡が、山の上へと彼らを導いていたのだ。
後にリアムが言った。
「もしあの足跡がなかったら、危なかったかもしれない。」

それはイノシシのものだったのかもしれない。
あるいは、はるか昔の狩人のものだったのかもしれない。
もしかしたら、この古墳のそばで一度だけ目撃された白い女。少年の肩越しに、海を見つめていたという。

脅かすためではなく、
導くために。
私は古墳のそばに松の小枝をそっと置き、そして歩みを続けた。

道は私を田んぼへと導いていく――整えられたばかりのものもあれば、すでに苗が植えられたものもある。
鏡のような水面は、若い緑に色づき始めている。

谷がひらけ、静寂の中に聞こえるのは、蛙の声と風のかすかなざわめきだけ。
4月。すべてが再びほどけ、開いていく季節。

私は森を抜けて駆け上がる。杉の影が長く伸び、道はハーブの村の前を巡る――石の間からはローズマリーやヨモギが顔を出している。
最後の行先は、中山寺。

石段を登り切った門の前で立ち止まる。
朱塗りの柱と青空に縁どられて、遠くに再び海が姿を現す。

私は軽くお辞儀をする。朝に、春に、そして土に今も刻まれている物語に――感謝を込めて。

道はテニス公園へと下り、そこでは少年と少女がボールを投げ合い、その笑い声は水面に跳ねる光のように前へと駆けていく。

ふと思う――古墳の上に腰かけ、少年の肩越しに海を見つめていたという白い女を、この少年が見たのだろうか、と。

私は坂を下り、再び青葉庵へと戻ってきた。

ここに在ることの幸せを、しみじみと感じながら。
そして思い知らされるのだ。海と山のあいだをゆっくりと歩けば、この土地の小径ひとつひとつがどれほど深く語りかけてくるか――耳を澄ますだけで十分なのだ、と。


大山の囁き

「海が運んだものを、山は静かに守っている。」
“What the sea once carried, the mountain now quietly keeps.”

三つの道の漢字

古(こ) — 古きもの
縁(えん) — 縁、つながり
光(ひかり) — 光
古縁光(こえんこう) ——「古き縁が、光に照らされる道」


追伸 ― 物語が息づくところ

古墳の下に眠る男に、韓国の血が流れていたのかはわからない。

けれど、これだけは確かだ。韓国は今もここに生きている。――教科書の中ではなく、台所の中に。温もりの中に。
油と笑い声の中に。

たとえば、道の曲がり角を少し過ぎたところに、カフェ・ズーがある。
そこはカフェであり、集いの場でもある。韓国人の母と娘が営んでいる。

原発の職員はダーツをしに集まる。
難波江のサーファーたちはまだ乗り切れていない波の話を熱心に語り合う。
旅館の女将さんたちや地元の人たちは、土曜の夜になるとカラオケを歌う。 音程なんて気にしない。堂々と、楽しそうに。

私にとっては・・・
青葉庵の主人になって、最初に足を運んだ場所がそこだった。

それからも何度も足を運んでいる。 冷えたビールを飲み、シーフードピザを頬張り、町でいちばんのフライドポテトを――甘くてどこか癒やされるソースに浸しながら。

そして「のぶこう(のぶ幸)」。 そこではトンカツ、カキフライ、唐揚げを味わうのが私のお決まりだ。
代々この町で営む在日の家族が、静かな笑顔とともに何十年も人々を支えてきた店。

地元の人に愛される味であり、同時に京都からやって来る独り旅のライダーたちにとっても、欠かせない聖地だ。 彼らは定食の記憶を道しるべに巡礼を重ねる。

彼らは海へと走り、
食べ、
そして帰っていく。

塩、火、そして記憶。 ――あの古墳の男と、そう変わらない。

大山は言う。
「神さえ、腹をすかせるのだ。」

海の男たち

「海の男たち」は、太鼓の響き、炎、そしてそれを受け継ぐ人々の物語を通して、若狭の祭りに宿る荒々しい力と野生の魂を描き出す。

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おはぎと海

青葉庵の海辺の猫・おはぎ。朝の散歩が教えてくれるのは、穏やかな一日と、いのちのあたたかさ。

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